色々楽しもう 6

バーク博物館。


1985年創設の、アメリ力西部では最も古い大学博物館。


シァトルを中心としたアメリ力大陸の太平洋岸の文化人類学と自然史関係のコレクションで知られています。


シアトル近郊で発掘された1億4000万年前の恐竜の化石なども興味深いが、さらに見こたえがあるのがネイティプアメリカンの工芸品類だ。


シァトル周辺の海や川を実際に航行していたヒマラヤスギをくりぬいたカヌーや、意味深い彫刻が施されたトーテムポール、バスケットやマスク、捕鯨や狩猟のための道具類などは、彼らの生活様式や文化の理解をよりいっそう深めてくれます。

色々楽しもう 5

ワシントン大学の続きです(*・ω・)ノ


広場の階段下には、南東方面にマウントレニエを望む眺望スポット、レニエビスタとドラムヘラー噴水があります。


図書館はゴシック建築のスッツァロー図書館を含め7つあり、蔵書のなかには日本全国の電話帳まであるというから、その充実ぶりには脱帽してしまう。


大学の科目は建築学、海洋学、法学、薬学が特に優れています。


最近はコンピュータサイエンスの評判も高い。


さらに4万人近く在籍している学生の半数近くが大学院に所属していることも、教育レベルの高さを物語っています。


スポーツのほうも、水上スポーツ、フットボール、バスケットボールが人気、実力ともに評価が高い。


大学のスポーツチームは、ハスキーズHuskies(シベリアン八スキー犬のこと)というマスコット・キャラクターとともに親しまれています。

色々楽しもう 4

ワシントン大学。


1861年、ワシントン大学は現在のタウンタワンシノノトルに、40人そこそこの学生とともにスタートした歴史のある大学。


ワシントン湖とユニオン湖の間、ユニオン湖に面した現在のロケーションには1895年に移動してきました。


その後キャンパスも学生の規模も拡大され、今やワシントン州最大の大学となりました。


キャンパスマップ片手にゆっくりと散策したい。


中央にある広場がセントラルプラザCentralplaza。


赤レンガが使われているので通称レッドスクエア。

色々楽しもう 3

ユニバーシティディストリクト。


中心はN.E.45thSt.とUniversityWayの交差するあたりで、学生向けの安いレストラン、カフェ、本屋、映画館などがあります。


さまざまな学生が行き交い、学生街特有のにぎわいを見せています。


インターネットカフェもあるので、必要な人はこの周辺で。


UniversityWay沿い44~45thSt.問の大学生協UniversityBookStorelこはぜひ立ち寄りたい。


書籍、文具、衣料品、雑貨とかなりの品揃えだ。


大学の愛称"Huskies"のロゴ入りグッズは人気のおみやげ。


大学のマスコットは犬のシベリアン八スキーです(*´ω`)

色々楽しもう 2

1973年6月20日、香港で32歳の生涯を閉じたブルース・リーの亡骸は、ボランティァパークの北側に位置するレイクビュー墓地LakeViewCemeteryに埋葬されています。


精桿な顔つきをしたブルースの写真が埋め込まれた赤い墓碑は、息子ブランドン・ブルース・リーBrandonBruceLeeのそれと並んで立っており、ファンの捧げる花やカードが墓前に絶えない。


墓碑に刻まれた「FounderofJeetKuneDo」は、ブルース・リーが自ら作り上げた総合格闘技の概念である「戴拳道(ジー・クン・ドゥー)」の創始者であることを表しています。


これは、ブルースがチャイナタウンの道場で教え始めた振藩功夫に西洋的な打つ、蹴る、組み技などの要素を取り入れた新しいタイプの格闘技のコンセプトであるといわれています。


ブルースはもうこの世に存在しないが、彼が生み出した藏拳道と、今もファンを魅了する映画の数々は永遠に生き続ける。

色々楽しもう 1

「燃えよドラゴン」、『ドラゴン怒りの鉄拳』、『ドラゴン危機一髪』などの代表作を残し、死後30年以上を経て今もなお人気が衰えることのないカンフー映画の大スター、ブル_ス・リーBruceLeeのお墓がシアトルにある。


晩年は香港に住んでいたブルース・リーが、かつてシアトルに住んでいたことはあまり知られていない。


若き日のブルース・リーは、アメリカ人と結婚しシアトルで暮らしていたのだ。


ワシントン大学哲学科にも一時在籍していました。


またチャイナタウンにカンフー道場「振藩國術館」を設立、詠春拳(ウィン・チュン・クン)を基本とした振藩功夫(ジュン・ファン.グンフ_)を指導し、本格的に武道家としての道を歩み始めた舞台もシアトルでした。

勉強ができるようになるために

勉強ができるようになるためにはどうしたら良いのか。


勉強をするということは、言ってみると、いちばんだいじなことは、情緒の安定、気持の安定、人から愛されているという白信ですね。


愛されており、愛することができるという白信がだいじです。


その次は「白分のことは自分でする」という自主性です。


何んでも、人を頼りにして、じーと待っていて、やって賞うというのではなくて「自分のことは、自分で出来る」という自信、これがだいじです。


誰とでも適応できる、社会の変化に応じて適応していけることがだいじだと思います。

子供同士

年齢の異った者同士が、近所で仲よく遊ぶなかで、喧曄もするでしょう。


それもよろしいのです。


お兄ちゃん、お姉さんと伸よく遊べる子供は、家庭ではとうてい得られない新しい経験というものを沢山身につけていくのです。


このような子供は、人間に対する信頼感、さらに気もちの安、定などを身につけていくのです。


そして、年巾いらいらしたり、不機嫌になったり、無口になったり、あるいは、絶えず乱調rになったりすることも防いで、平らな気持になることができるのです。


ですから、このような子どもは、机に陶かうと真剣に勉強をすることができるのです。

子供同士のコミュニケーション

先生も、親も、できるだけ地域で、子供会などをつくって、同じ地域の子どもが、年齢の異る者同士で遊べるようにしてやりたいものです。


そして、夏休みなどは、皆んなで林閻学校へ行って、一日か二日飯盆炊さんをして、自分たちで助け合ってジャガ芋を剥いたり、キャベツを刻んだりする、というようなことを経験させることは極めてだいじなことです。


このような機会を子どもにつくって経験させておけば、決して子どもは非行になったり自殺はしないのです。

友だちをつくることの大事さ

自分からアイデアを出して、売りあげを上げたり、販路を拡大したり、新しい管理(コンピューターの導入など)したりすることができなくなるのです。


それらはやはり、友だちをつくるということのだいじさです。


最近は同年齢で5、6人しか友だちができないという傾向にありますが、かつては、我々の餓鬼の時代には、6つ位年上の中学の1年生位のが餓鬼大将になっていて、その外ずっと年齢差があって、しかも15、6人の多人数で、その辺を、戦国時代の野武士のように荒し回っていた。


それがだいじなんですね、いろんな異年齢、年の違うもの同士のお兄ちゃん、お姉ちゃんと一緒に揉まれて育っていくことが子どもの成長、心の成長のうえで非常にだいじなのです。

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