おもしろ情報関連 其の5

第二種電気通信事業

2.参入状況昭和60年の電気通信事業法の施行以降活発な参入が続き、平成3年11月1日現在、一般第二種電気通信事業に971社が届出を、特別第二種電気通信事業に33社が登録を行っている(表一1参照)。

第二種電気通信事業へは、従来から計算業務やソフト開発業務を行ってい'た企業はもちろん、その他、流通業務、サービス業務、総合商社等多様な分野からも参入してきています。

3.サービス内容流通業者間・運送業者間のデータ伝送、金融業務のデータ伝送、資金決裁情報の伝送・交換を行うものに加え、ボイスメール、電子メール、伝言板サービス、専用線再販を行うものなど多岐にわたっています。

おもしろ情報関連 其の4

第二種電気通信事業

1.概要第二種電気通信事業は、第一種電気通信事業者等から通信回線を調達して電気通信役務(サービス)を提供する事業をいい、当該電気通信回線にコンピュータを接続してネットワークを構築し、顧客にサービスを提供しています。

第二種電気通信事業には特別第二種と一般第二種の2種類があり、前者は、不特定多数の顧客にサービスを提供する事業であって、電気通信回線が1、200ビット換算で500回線を超える規模のもの、あるいは、国際VANサービスを提供する事業をいい、後者はそれ以外のものをいいます。

おもしろ情報関連 其の3

第一種電気通信事業には公益事業としての必要最小限の規制が行われているが、兼業の制限や設備譲渡の制限等の他の公益事業に見られる規制は行われていない。

平成3年8月1日現在、第一種電気通信事業者として、日本電信電話株式会社(NTT)、国際電信電話株式会社(KDD)のほかに新規参入第一種電気通信事業者(NCC)として長距離系3社、地域系7社、衛星系3社、国際通信2社、無線呼出し36社、自動車電話等16社の計67社が許可されています。

おもしろ情報関連 其の2

電気通信サービスは、国民の日常生活、産業経済活動に必要不可欠な公益サービスであり、万一、過当競争等による倒産、撤退が発生した場合は、社会的、経済的にきわめて大きな影響を及ぼすこととなります。

そのため電気通信事業法は、過剰設備を防止する等の観点から、第一種電気通信事業者への参入にっいて許可制を採用しています。

また、その料金については、第一種電気通信事業が完全な自由競争市場ではないことおよび電気通信料金が公共料金としての性格を有することから、能率的な経営の下における適正な原価に照らし、公正妥当な料金を担保する等の観点から認可制が採用されています。

おもしろ情報関連 其の1

第一種電気通信事業

第一種電気通信事業は、電気通信サービスの基盤である電気通信ネットワークを構築することによりサービスを提供するものであるが、ネットワーク構築には多額の設備投資資金を要するいわゆる設備産業としての性格を有しています。

電気通信サービスは、電気通信ネットワークが設置される地域と密接不可分な形で提供され、ある事業者のネットワークへの加入から他の事業者のネットワークへ乗り換えることが容易でないという設備拘束性を有しています。

お気に入りの場所 8

西都原は広大な古墳群や遺跡の町として有名。東西2.6キロメートル、南北4.2キロメートルの台地に300基余りが集積している西都原古墳群には九州最大の前方後円墳である男狭穂塚、女狭穂塚などがあり、西都原は古代日本における政治、文化の中心地であったことがわかる。

「資料館」は県立博物館の分館として、西都原の高取台地に建てられ、昭和43年7月に開館した。

館内には考古、民俗資料展示室から構成され、古資料展示室には大正年間の発掘品の一部、西都市周辺から採集された土器、石器などを展示、また、民俗資料展示室には狩猟用具、農耕具などが分類されている。

東米良地方の狩猟用具は国指定重文になっている。

~宮崎県西都市~

お気に入りの場所 7

九州の南東部、太平洋に面した宮崎は古くは「日向」の国と呼ばれた。気候も温暖で緑豊かな林野が広がり「太陽とみどりの国」というキャッチフレーズが似合う。
ここはまた、古事記、日本書紀に登場する高干穂、天の岩戸、阿波岐ケ原など神話にちなむ地名や伝説、習俗などが各地に伝承されている。

「博物館」は昭和26年4月に歴史(考古)を主とした博物館として発足したが、その後歴史、自然科学、美術、芸術を含め、46年3月に開館した。
展示室は「宮崎県の自然と文化」のテーマのもとに青島の自然、宮崎県のサンゴ礁と生物、県内から発掘した遺物先土器、縄文・弥生・古墳などを時代別に分類展示している。

~宮崎県宮崎市~

お気に入りの場所 6

耶馬渓町は菊池寛の「恩讐の彼方へ」の舞台となった青洞門で知られ、日本山水のふるさとともいわれている。
「風物館」は風光名媚なこの地にふさわしい和漢古典類の博物館で、広島県出身の碩学小野桜山個人の収集によるものだ。

桜山は明治22年、この地に居を構え、全国を周遊し和漢の古書を集め、同33年に「馬渓文庫」を創始したが、昭和12年に病没、一時、死蔵の状態になったが門人の岩淵清次郎が遺志を受けて16年4月に開館した。
建物は古風な校倉造り。

数万点の所蔵品の中ではいずれも耶馬渓の考古、民俗、史跡名勝、絵画などに関するもののほか一般庶民教育、和漢の古典図書などの貴重な資料が見られる。

~大分県下毛郡~

お気に入りの場所 5

宇佐市川部・高森にある宇佐風土記の丘は敷地17万6000平方メートル。
ここには九州最古の前方後円墳とされる赤塚古墳をはじめ、角房・車坂・福勝寺・免ケ平・鶴見の古墳群が集中し、宇佐八幡とともに県下有数の文化財集中地区である。

また宇佐に隣接する国島半島一帯には六郷満山と呼ばれる仏教文化が栄え今も多くの寺院仏跡を残しているが、この資料館はこれらの地方の歴史や文化を総合的に研究し、その成果を公開、活用する役割を担っている。

昭和56年11月の開館。ホールを含めて八部門で構成され、弥生時代の遺跡出土品にはじまり奈良時代仏教文化資料などを展示している。

地方国有の文化遺産を継承するために、講演会、講習会、歴史教室などの企画も開催している。

~大分県宇佐市~

お気に入りの場所 4

中津は城下町として栄えた町。いたるところに史跡が見られ、観光客も多い。市内の西部を流れる山国川の河口にそびえる中津城は豊臣秀吉の家臣、黒田如水が天正15年(1587)に築城し、市内のシンボルになっている。

この中津城に接近してある「記念館」は、慶応義塾の創設者として、最近においては新一万円札の肖像として知られている福沢諭吉の数多くの業績や「学問ノススメ」の原本、遺墨、写真などの貴重な資料を展示している。昭和50年11月に開館した。

隣接して福沢旧宅も見られるが、木造ワラ葺平家建てで少年のころの諭吉が勉強した土蔵もあり、興味深い。
また「独立自尊の碑」は明治37年中津公園に建立された。

~大分県中津市~

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